母親を騙すということ。

 母親を騙すということ。

「母さん、小遣いさ、今月だけ、もう一万円増やしてくれない？ ここんとこ出費が多くて…」

「アルバイトじゃ足りないの？」

「いや、バイトはあまりはいってないよ」

「そっか」

「ゼミの飲み会とか結構あるし、稼いでも出て行くばっかだよ」

「うーん…まあいいけど…いいよ。そういえば慶太、そろそろ就職活動の時期じゃないの？ お金のことはいいから、ほら、スーツとか買わなきゃいけないんじゃないの？」

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「ありがとう。…ああ、就活ね、スーツか、そうだね、来月くらいには欲しいかも…ちょっと早いかもしれないけど」

「いいよ、ちゃんとしたやつ買おうよ。お父さんが出してくれるって言ってたよ」

「はは、そんなさあ、いいよいいよ、安いので（笑）」

…信じられないかも知れませんが、私は借金返済日の２日前にも関わらず、日銭のすべてをその日、あるいは次の日のうちに、パチスロに使ってしまっていたのでした。

もう、頼るのは親しかいません。
（というか潜在意識で「親が金をくれるから大丈夫」と思っていたから、金を使ってしまったのでしょう）

「ちょっと待ってて」

親がリビングの椅子に置かれたバッグから財布を漁ります。「あ、おろさないとないや、明日銀行いってくるからそれまで待って」となりませんように…。

「…はい」

母親はそう言って四万円を私にくれました。

「ありがとね、ありがと…」

私はお礼以上のことを話しませんでした。
どんな話題にせよ、話しかけられることが怖くて、早くその場を離れたかったからです。

四万円…

全身筋肉痛になり、休憩中に安いパンをほうばり、不規則な睡眠と戦いながら、何十時間も働かなければ手に入らないカネ。いとも簡単にゲットすることができました。

いままで細々とした金銭の要求はしてきましたが、小遣いの増額自体を頼んだことはありませんでしたから、もともと成功率は高いと踏んでました。

ですが、話しかけるまでは、手が震え、目が泳ぎ、全身から変な汗が滲んでました。「親に嘘を付いて金をせびる」「その金でパチスロをする」「その金でパチスロの借金を返す」なんて、少なくとも私はそのような教えを誰からも受けていません。

クズ。まさに、人間のクズです。

「行ってきます」

「今日は夕食いるの？」

「ごめん、いらないんだー、ゼミの友達で飲み会があるから」

「行ってきます」

「今日は夕食いるの？」

「いるけど、帰り遅くなるよ。いま、文化祭の企画で忙しくてね」

「夕食いるの？」

「今日もいらない。昨日はごめんね、友達に誘われてさ。連絡すればよかったね」

「…夕食はいらない？」

「…うん、ごめん、食べてく」

「夕食は？」

「ごめん、いらない…」

母は、働きながらも、私が小さい頃から欠かさず手料理を作ってくれました。

私が中学、高校、大学とあがるにつれ、家では母親とも夕飯どきぐらいしか一緒にいることがないので、コミュニケーションの時間を作る意味もあったのでしょう。

ですが私は、母親を（金銭的に）頼りながら、騙しながら、母親との時間を避けるようになりました。

そしてその少ない時間を縫って、私は両親の前で相変わらず「青春を謳歌する大学生」を演じていました。

私が日雇いバイトをしていることも両親は知りません。

「バイトでかなり金を稼いでいる」ことがバレたらいけないので（小遣いを貰う根拠がなくなる）、１日バイトにはいるときは、大学の教科書などが入ったバッグを持っていくか、あるいはバッグにモノを詰めて教科書が入っているように見せかけ、「大学に行く」フリをしていました。

夜は、パチスロ帰りだと煙草臭さが酷いので、「飲み会に行っている」ていにして、親が寝たあとの時間を狙って帰宅しました。

ちなみにゼミなんて、私が入っているゼミは私含めて皆かなり活動意欲が薄く、人間関係もとても薄っぺらく、飲み会なんて教授が企画したとき以外でやった覚えがありません。

文化祭なんて、私はこのころ、サークルも「気まぐれで参加する人」でしかなく、活動にまともに参加してませんでした。

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