パチンコ中毒の行く末。
パチンコ中毒の行く末。
「みんな働いている、とかですか?」
私の質問を吉川さんは嫌がっていないか、慎重に表情を追いますが、相変わらず顔のパーツ全体が皮膚に張り付いているような、変化に乏しい顔でした。
「んー、そういうわけじゃないけど、1人、そうだね、1人だねぇ」
あまり深掘りしないところから、実家でもひとりでもない家に住んでいる身分をあまり言いたくないんだろうな、と思いました。
「そうですか……あ、パチンコはいまもやるんですか」
「いや」
「もうやってないんですか?」
「うん、そうだね、もうやってない。こりごりだよ、もう。」
2つ目のハンバーガーは噛みちぎられ、パンからおおきく肉がはみ出ていましたが、絶妙なバランスで落ちずにいました。隣の席に子どもを連れた夫婦が座ります。
少し、沈黙が続きました。吉川さんは水をちびちび飲み、となりの席の子どもはハッピーセットのおもちゃを開封して遊びはじめました。
私も両手でハンバーガーを掴み、大口を開けて頬張ります。ピクルスも半分千切れ、唯一の歯応えは甘酸っぱさに変わりました。
「そんなにハマったんですね……いまはなにかやってますか?」
「まあ、たまにゲーセンいったり」
「へえ、僕もゲームは好きです、どんなゲームですか?」
「スト2(ストリートファイター2)かな。知ってる? 森田君も昔流行った世代? あれ、まだ続いてて結構楽しいんだよ」
「ああ、知ってます、懐かしいですね、確かに昔流行りました、僕も結構やりましたね、そんなに上手くなかったですが……こんど教えてくださいよ」
「はは、いいね、やろうやろう」
吉川さんはうつむき気味に笑うと、両手で紙コップをペコペコ潰しはじめました。なかの氷が盛り上がり、踏まれた砂利ような音を立てています。隣の子どもは両親の食べるチキンナゲットが欲しくて泣いていました。
「そろそろ、行こうか」
吉川さんはトレイを持って立ち上がります。へんこんだコップはその拍子に倒れ、トレイのなかに氷が散乱しました。
吉川さんは確信をつかれたくないのか、単に話をするのが面倒くさいだけなのか、聞きたい質問に対しては、なにひとつわからず仕舞いでした。
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「はい。お疲れさま。きみたちはもう今日でおしまいだっけ、またお願いするときがあったら頼むよ」
日焼けした営業は看板をクローゼットの奥にしまい、私たちの作業報告に斜めに印を押すと、「俺も帰りてぇなあ、」と言い残すようにして奥の部屋に消えていきました。
「パチンコって、勝てるんですか?」
人気のない電車内で隣に座る吉川さんに、私はいかにも知らない世界を覗くように聞きました。
「結構、勝ってたんだけどね。最初は。釘を読めるようになってからはボーダー越えの台を朝から探したりしたなぁ、あ、ボーダーってのは、簡単に言えば、いくらあたりこれだけ回れば負けませんよ、みたいなもんね。」
「わかるもんなんですか?」
「あの頃はバカみたいに、必死で雑誌とかで勉強したからなあ」
「プロみたいですね」
「プロみたいな生活してたよ」
「月にどれくらい稼げるもんなんですか?」
「12、3万かなぁ。月によって変動は激しかったけど」
「楽しそうですね」
「悪くはなかったけどね、でもやっぱりダメだよ、ダメ人間になっちゃったもん。森田君にも教えてあげようか?」
「いやあ、僕はギャンブルとか向いてないと思うので……」
「まあ、やらないほうがいいね」
電車は橋を渡り、ガタガタ揺れる音で2人の声はかき消されました。吊革は駄々をこねる子どものように振れました。
東京を遠ざかるにつれ、乗車客の服装が流行らないものに変わっていきます。
「森田君、このあと空いてる? ゲーセンいかない?」
「あ……すいません、ちょっと今日予定あって。でも本当にこんどいきましょうよ、次また会えますかね?」
「あ、じゃあ番号。交換しよう」
そう言って吉川さんは型落ちした携帯電話をポケットから取り出し、ディスプレイに自身の番号とアドレスを表示させました。
番号を交換し、メールを打つと、「吉川宏」と名前だけ書かれた返信が返ってきました。