ギャンブル依存症患者が綴るノンフィクション。

自戒の念を込めつつ、15年間に渡る「ギャンブル依存症」の悲惨な経験を赤裸々に綴ります。こんなダメ人間にはならないで下さい。毎日更新しています。

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ドスのきいた男の声と最終通告。

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ドスのきいた男の声と最終通告。

 

『うまく切り抜けている、さすが俺だ、あと一週間、時間稼ぎをすれば自分の力で完済できる……』


スーツに着替え、看板持ちのバイトをしに新興住宅地の駅へと向かいます。


夜中、電話線に細工をしてきました。母親は夜まで帰ってこない。『馬鹿め、延々と誰もでない電話を鳴らし続けるがいい』カラフルな新興住宅地の屋根を車窓から眺め、私はほくそ笑んでいました。

 


その日は雨が降っていました。駅から大通りに続く並木は健康的な緑で私を迎えましたが、アスファルトは水を吸って重苦しさが増しています。


吹き込む暖風は大量の湿気をまとい、肌に絡みつきました。ちいさなビニール傘を差し、雨をしのぎます。


「今日はあまりお客さんは来ないかもなぁ」


内心ホッとしたような声で、営業は呟きます。看板は私の背丈よりも高く、表側だけ入念にシートが貼られていました。


午前中、確実に携帯が鳴ることはわかっていました。


だから、身を隠せる公園の近くが今日の立ち位置だと知ったときは、思わず営業に感謝せずにはいられませんでした。


『首都圏はあいにくの雨。午後にはあがるとの予報ですが、今日はずっと曇り空なんですって。ねぇ。昨日はあんなに晴れていたのに。ドライバーの方、運転には気をつけてくださいね。はい、それではここで、今週のランキングトップ8の紹介です……』


片袖にとおしたイヤホンでラジオを聴きながら、過ぎゆく車をボーッと眺めていました。


電話がかかってきたら、またいつもと同じようにかわせばいい。延滞は過去最大の期間になりそうだけど、きっといける、大丈夫。


ブゥゥゥン……
ブゥゥゥン……


午前10時。着歴の多数を占める、見慣れた番号から電話が掛かってきました。


「はい、森田です」


ビニール傘に雨があたり、ボタボタと音がするので、私は路上から少し公園にはいったところまで移動し、通話音量を上げました。


「◯◯の佐野と申します。森田様、只今お電話よろしいでしょうか」


「はい」


「昨日の件ですが、現在、当社で入金確認ができないのですが、ご入金はいただけましたでしょうか」


『きたきた、いつものパターン。このオンナのひとも、マニュアルとか見てやってんだろうなぁ』


「え、あれ、確認できませんでしたか? そんなはずはないと思うんですが。あれ、ちょっと不安になってきました。ちょっと確認してみていいですかね?」


「何を確認されるのですか?」


「え、いや、振込口座が正しかったかどうかをですが」


「口座については通知に記載されているとおりです。ご入金はいつしていただけるのですか?」


(あれ、ちょっといつもよりキツい? まあでもオンナのひとだし、もうちょいで逃げ切れるかな~)


「あれ、あ、すいません、それはわかってるんですけど、ですので、私が昨日振り込んだ口座番号を確認して、それから改めてですね……」


「森田様、少々お待ちいただけますか?」


「はい?」


(なんだよ、なんなんだよ……)

 

 

突然、ドスのきいた男の声に変わりました。


「あのさ、森田さん、いままで電話聴いてたんだけどさ、口座、わかってますよね。いつ返してもらえるの?」


敬語でなく、優しくない。全身が硬直し、心臓が止まりそうになりました。


「……ぇ」


生唾が喉につかえ、喋れなくなりました。一瞬で察しました。


『そんな嘘が通用してるとでも思ったか、アンタいい加減にしろよ…』電話越しの男には、私の行動が全部バレている……。


「ぁ……ぁ……」


両目から涙が滲んできました。膝がガクガクし、携帯を持つ手も震えで止まりません。


「すぃ……すいません……すいません、すいませんでした、あ、あし……あし……た……です」


「全額?」


「はぃ…」


「本当に全額返せるんだよね?」
(苦笑したような声で)


「ぁ……ぁ、はぃ……」


「森田さん。何度も延滞してますよね。もうそのカード使えないから。この電話が終わったら、切って捨ててくださいね」


「え、捨て……いや……それは……あ、は、はぃ……切って、捨てます……」

 

そのまま電話を切られました。え……うそ、カード、もう使えないの……? いつもちゃんと返してるじゃん、遅れてるけどちゃんと返してるじゃん……。


全身から血の気が引いていきました。


ビニール傘から太い水滴が垂れ落ちていました。水滴はアスファルトに弾かれ、溝へと流れていきます。


それから先はほとんど記憶がありません。感情を失い、立ち尽くしていました。