ギャンブル依存症患者が綴るノンフィクション。

自戒の念を込めつつ、15年間に渡る「ギャンブル依存症」の悲惨な経験を赤裸々に綴ります。こんなダメ人間にはならないで下さい。毎日更新しています。

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パチンコで大学中退の吉川さん。

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パチンコで大学中退の吉川さん。

ただ、一期一会の関係だからこそ、そんなことを聞くのははばかられました。

「中退の理由って? あんたと俺とは無関係なのになんでそんな失礼なことを聞くんだ!」次はもう会わないかもしれないからこそ、いい印象のままでいたいと私は思ってしまうのです。


「そういえば…今日来るの早かったですけど、吉川さんはどこに住んでるんですか?」

 


「内房の◯◯だよ」


「あ、結構近いですね!俺は◯◯です!」


「そうなんだ」


「あ……」

話が弾みかけた刹那、季節外れの日焼けた肌をした若い営業があらわれました。


「おはよう。ああ、昨日と同じメンバーね。よろしく。あんた、えっと、よし…よし…「だ」さんだっけ、今日はあそこに立っててね、きみはここ」


若い営業は、挨拶の返事を待つ間もなくテキパキ指示を飛ばします。


「でさ、今日はちょっと追加でお願いしたいことがあってさ、新婚さんとか老夫婦がとおったらこのチラシを渡して欲しいんだ。興味ありそうならモデルルームに誘導してほしい」


「はあ、」状況がよく飲み込めないまま、私を含めた3人は間の抜けた声を発します。


「あんたら初日にモデルルーム見たでしょ。うちはファミリー層をターゲットにしてるわけ。君たちはいままで待ちに慣れてるかも知れないけど、今度からチラシ配りも入れてもらうから。そのほうが動きもあっていいでしょ」


待ちに慣れている。その言葉に蔑みが込められていることはすぐわかりました。


「……わかりました。」


「適当に配っちゃダメだよ。あと、こういうお願いをすると、チラシを棄てる奴が毎回いるんだけど、そういうことしたら派遣会社にすぐ通報するから。いいね」


派遣会社に通報されても、日雇い労働者は痛いわけではありません。別にあんたと違って我々は派遣「会社」の看板を背負って仕事に来ているわけではないし、背負う看板はヤドカリのようにコロコロ変えることだってできる。

 

私を含めみな、そんなことを言いたげでした。

それにしても、ひとを信用していない目。

 

 

この看板持ちの現場はだいぶ前からあるので、なんとなく、マンション、売れてないんだろうな、ということは察しがつきました。


ただ、立場の弱い私たちは、当日、気まぐれで言われたような仕事でも飲むしかありません。


反論して「じゃあ君はいいよ、帰って」などと言われた日には、貴重な日銭が手にはいらなくなる。

 


「はい、時間になったから早く散って」

「はい。」


吉川さんは相変わらず見開いた目で、マシンのように抑揚なくそう答えました。


反抗心とか、そういうのはないのかな。

営業から指示された方向へ迷いなく歩いていく吉川さんの後ろ姿を見て、私は思いました。


**

同一現場。2日目。


吉川さんは「配った?」と聞いてきました。


「は?」


いや、そりゃ配れと言われたんだから配りますよ、私は疲労を滲ませて答えます。


「いいコインロッカー見つけた」


「…は?」


いかにもあくどい顔をして吉川さんは呟きます。なんのことですかと聞きましたが、要は、排水溝や公園のゴミ箱は素人のやることで、玄人は仕事中、荷物にならないようにチラシをコインロッカーに隠しておき、帰り際に回収し自宅に持ち帰る、自宅から資源ごみの日にチラシの間に挟んで棄てる。
そういうことでした。


「いや、それって…」


私は、バックレをさんざんしておきながらも、さすがにそれは良心が痛みますと言わんばかりに引きました。


「まあ、俺もちゃんと配ってはいるよ、配っては。ただ、この量を1日でさばけってのは無理がある。ほら、昨日だって、この薄暗い道で1時間に何人のひととすれ違ったって話じゃない?」


吉川さんは500枚はあるであろう厚みのA4用紙の束を指して言いました。


私は、自身のことは棚に上げつつ、「いや、でもさすがにそれは…はは、すごいっすね」と乾いた笑いで返すのがやっとでした。


**

3日目。最終日。


はじめて吉川さんと昼を一緒に取ることになりました。


「マックでいいよね。」


吉川さんは駅ビルに入っている「M」の看板を見上げながらそう言いました。


吉川さんは100円のハンバーガーを2個、ポテトのSサイズ、水を注文しました。
私も安心し、ハンバーガーを2つと、水を頼みます。


「節約中なの?」


「いや、そういうわけでは」お前が聞くのかよという心を抑えつつ私は答えました。


「森田君、いま、大学何年生なの?」


「四年っす。」


「学生かぁ……随分まえのことだなぁ」


吉川さんはハンバーガーの薄い包装紙をペリペリとめくりながら呟きました。「ってことは、就職はもう決まったの?」


「……はい、まあ。」


詳しくは言いませんでした。ハラジュク。コウコクダイリテン。聞かれたときの準備を脳内でしつつ、私もハンバーガーの包装を開きながら聞き返します。


「吉川さんが学生だったのって、そんな前なんですか?」


「うーん、もうどれくらいだろう? 10年は経ってるのかなぁ」


包装のなかから、水分を吸収し、ペタンコでしわくちゃになったハンバーガーが出てきました。端からケチャップが漏れています。

包装のたたみ方が悪かったのか、吉川さんの左手の指先にはケチャップが付いていました。


「あ、そうなんですね、じゃあいま…」


「31だよ」吉川さんは続けます。


「パチンコにハマってさあ、ずっとやってたら、留年して、中退して、そしたらいつのまにかこんなんなってた」


「そうなんですか……」


パチンコにハマっていまにいたる。


……このひとから漂う得体の知れない厭世観、倦怠感。貧乏臭さ。人への興味のなさ。そして大胆さ。自身の姿と照らし合わせると同時に、妙にしっくりきてしまいました。


「こんなん」という表現が何を意味しているのかは、想像するしかありません。

フリーター。放浪者。堕落者。トレーナーの袖のほつれを見ながら私は想像します。


「中退?」
私は、それはどうしてですか、と言いたげに眉間に皺を寄せながら尋ねました。


「うん、中退。大学、ちゃんと行っとけばよかったよ。いまさらながら後悔してる」


「そうなんですか…。あの、すいません、聞いていいのか。何故、中退したんですか?」


だからパチンコにハマったからって言ってんじゃねえか、と返ってきそうでしたが、一枚目の包装をきれいにたたみながら、吉川さんは一呼吸し、指に付いたケチャップをナプキンで拭き取りながら言いました。


「……興味あるの?」


「あ、いえ………いえ、はい。」


「そっか。まあ俺の話なんて、すごいどうでもいいと思うんだけどさ、親父にバレて勘当されたんだよね」


吉川さんは一瞬、時計を気にしました。
休憩時間終了まで、まだ30分あります。


「パチンコして、借金して、それを隠してたのがバレて親父に勘当された」


親父に勘当された。私は、吉川さんからどうぞと言われたポテトを1つ、二本の指でつまみながら、生唾を飲み込みました。

「どうして親父にバレたんですか?」そう言いかけましたが、何か悟られると嫌なのでそっと押し殺しました。


「だからさ、いまは親戚の家に住んでて。といってもほとんど一人暮らしみたいなもんだけど」


こちらから聞かないと言葉数少ない吉川さんにもどかしさを抱きながらも、この目がおおきな男は私の将来の姿を映しているようで、素通りできない恐怖と興味が交差して湧いてくるのでした。