ギャンブル依存症患者が綴るノンフィクション。

自戒の念を込めつつ、15年間に渡る「ギャンブル依存症」の悲惨な経験を赤裸々に綴ります。こんなダメ人間にはならないで下さい。毎日更新しています。

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懐古。

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懐古。

バイトして、パチスロして、
バイトして、パチスロして、
バイトして、パチスロして。


留年後の生活は、いままでとなにも変わりませんでした。負けては「今日でパチスロをやめよう」と誓い、翌日またパチスロし、また負けて……


私の場合、パチスロ依存が極まり、交友関係まで絶ってしまったのがまずかったのかも知れません。もともと、1人でいることは嫌いではなかったですが、ずっと1人でいることに耐えられるほど強い人間ではなかったのです。

 


「やめよう」と思っても、パチスロのかわりにするものが見つからず、一緒に他のなにかをする友人もいない。だから、寂しさを紛らわすようにまたパチスロをし、また虚しくなり……と、悪循環に陥っていました。(とはいっても、友人がいたらいたでまた、約束よりパチスロを優先して、あまり変わらないような気もしますが)


大学も、なんのために続けているのか、いよいよわからなくなってきました。もはや私の4年間半は、完全な「なにもしていない期間」と言っていい…。


最後に佐伯と居酒屋で話をしたとき、私は同世代の学生と感覚がズレてしまっていることに気付きました。


感情も、知識も、考え方も、流行も、話し方も、笑いのネタも、提供する話題も、私だけ高校生のころからなにも変わっていませんでした。


いわば「身内ノリ」みたいなもの。そういうものは普通、いろいろな人間関係に揉まれていくうちに、「これは通用する」「これは身内でしか話してはいけないんだな」などと、分別がついていくものですが、私は極度にひととのコミュニケーションを絶ってしまっていたため、そういう、物事の分別がつかなくなってしまっていました。


誰かと話をしているときも、話題になるような引き出しがないため、話題の中心が過去にならざるを得ないのです。


「お前は本当変わらないなあ」

「そんな話、よく覚えてるなあ」


自身のズレに薄っすらと気づいたとき、佐伯が無自覚に私によく言っていたその一言が、あとあとになって強烈な嫌味に聞こえてきました。


ますます、ひとに会いたくなくなりました。私だけ世界に取り残され、進んでる世界の人間と話して得られるのは「あれ、ちょっと俺、浮いてる?」という惨めさだけ。


その世界に飛び込むほどにも、私は強い人間ではありませんでした……。


**

「変わる」きっかけが欲しかった。

なんでもいい。大人になりたくない。働きたくない。怖い。怖い。怖い。


『とにかく、いまのままでは……』


パチンコ、パチスロを覚えてから丸4年が経ちました。


その日は短パンとTシャツ1枚でも全身から汗が噴き出すくらい、残暑の厳しい日でした。


私はいつものように店の裏口から入り、早足で目当ての台に座り、コインサンドに素早く、作業的に千円札を投入していきます。ワクワクする気持ちなんてとっくの前からありません。もう、なんのためにパチスロを続けているのかも、私自身よくわかっていません。


前日は『あーもう行かね。行かね。行かねーぞ。どうせ負けるんだから。…でもどうせ俺はまた明日行くんだろうな』と思い、


翌日、パチンコ屋に向かう道でも『ここで一度、一度でもいいから引き返してみようよ。そしたら、あ、なんだ簡単にやめられるじゃんって気付いて、パチスロをやめられるかもしれないよ? ほら、引き返そうよ』と考える。


打ってる途中も『5千円でやめよ?』と思いながら、右手は6千円を投入している。


もう、このような脳内の小言も、茶番になっていました。


朝起きて数十分経ったら、必ずパチンコ屋にいる自分がいるわけです。


丸4年間。


はじめてパチンコを覚えたあの日から…。


『どうせ飽きるから、飽きるまでやろう』


『…負けるようになったらやめよう』


『……1年でやめよう』


『………20歳になったらやめよう』


『………就活まででもうやめよう』


『………大学4年でやめよう』


だから、変わるきっかけが欲しかった。


常に、ほとんど毎日、毎時間、変わりたい、変わらなければいけないと思っていて、結局、一度も実行に移せなかった。


なにかをきっかけに、新しい自分に変わりたい……。


**

一万五千円負けた帰り道、いつもの地元の公園の脇をとおりました。遊具が3つしかない、とてもちいさな公園です。


2、3歳くらいの男の子がすべり台で遊び、母親が心配そうに、そばについてあげていました。


母親は砂場の遊具セットを持っていて、「早く帰ろう」と促しますが、男の子は嫌だと言って何度もすべり台に向かっていました。


「10年後も、一緒にいたいね」


この公園は、彼女と一緒によくいった場所でした。お互い実家だったので、別れる時間が名残惜しく、私たちはよく夜中までこの公園にいました。


「そうだね。多分一緒にいるよ」


大学1年生だった私は、自身の将来の不安に怯えながらも、彼女にそのようにこたえたことを思い出しました。


私は彼女との記憶をいろいろ思い出しました。


一緒に受験勉強を励ましあったこと、はじめて告白したときのこと、はじめて旅行にいったときのこと、誕生日にプレゼントを渡して彼女が喜んでくれた姿を見たときのこと。


**

携帯には、彼女のデータはすべて残していました。電話番号もメールアドレスも、変わってしまっているかもしれないな。そのように思いながら、ベッドのなかで2時間くらい携帯を見つめていました。


そのあいだ、高校時代の携帯をひっぱり出して、保存していた青臭いやりとりのメールをまた読み返したりもしました。


お互い不器用で、喧嘩がなかったわけではないですが、それも本気で相手のことを思っていたからこそ。


別れ際、「一生後悔する」と言われました。彼女は路上にも関わらず泣き、私はそのときはじめて、自分のために泣いてくれるひとがいたことに気づきました。私は顔を合わせたくなくて、逃げました。


そのあとも、何度も携帯が鳴りました。メールもはいっていました。やりなおそうと言われました。でも、私は逃げました。


いま、彼女はなにをしているんだろう。


まさか待っててくれてたりするのかな。


そんなわけないよな。


でも、俺は本当に好きだった。


それは彼女も一緒だよな。

 

そうだ、せめて、あのときのことを謝りたい。


謝って、それで、俺は過去を清算するんだ。
謝って、俺は変わるんだ。
謝って……


**

「あ……」


「あ……奈津美?元気してる?」


「う…うん、え、どしたの、ちょっと待って」


電話は繋がりました。どうせ繋がらないだろうと半ば諦めていたので、繋がったときは何故か自分が動揺していました。