ギャンブル依存症患者が綴るノンフィクション。

自戒の念を込めつつ、15年間に渡る「ギャンブル依存症」の悲惨な経験を赤裸々に綴ります。こんなダメ人間にはならないで下さい。毎日更新しています。

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「超えてはいけない」ライン。

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「超えてはいけない」ライン。

自宅に着くまでに6時間かかりました。両足はむくみ、途中で公園の水を飲みましたが、喉はカラカラでした。


念のため、灯りがついていないか、家の周りを一周してすべての窓を確認します。


ドアに鍵を差し込むとき、鍵を握る親指と人差し指に力を入れ、ロックが勢いよく開かないよう注意しました。


自宅までの道を歩きながら運賃を検索したところ、自宅から職場まで240円、職場からバイト先の事務所まで160円が必要なことがわかりました。


靴下は床と素足との緩衝材になるので、私は靴下を履いたまま、手すりに身体をあずけるようにして足音を立てず、3階の自室まで上がりました。


タバコの臭いが染み付いた服を脱ぎ、クローゼットの奥深くにしまいました。
タンスから下着を取り出し、のぼるときと同じように慎重に階段をおります。


風呂場で鼻をかむと、煙草の臭いが濃く染み込んだ鼻水が出てきました。指紋の隙間にはいりこんだコインの臭いは一度洗っただけでは取れず、爪を立ててよく手を洗いました。


「おい、よせ」


テレビを付けると、いつの時代に上映されたのかもわからない海外のアクション映画が怠惰に流れていました。「いいからこっちへ来るんだ、いいから、」銃を持った金髪の男が叫んでいましたが、私は喉が渇いたので食器棚からコップを取り出して浄水を飲みます。


カネが欲しい。


明日はライブ会場設営の日雇いバイトがあります。そこにいくまでのカネが必要です。


風呂からあがって30分。


2階で物音がしないことを確認し、そっと親の財布の小銭入れを覗きました。


母親の財布には、490円。
父親の財布には、1180円。


私は父親の財布から100円玉を3枚抜きました。


父親の小銭入れは500円玉がなくゴチャゴチャしていて、重なれば100円玉と見分けがつかない50円玉もあったりしたので、バレないだろうという判断でした。


それに、父親は、昔から、余った小銭をコンビニなどの募金箱によく入れていました。小銭にあまり構わない男、ということを私は知っていました。


財布からカネを抜いたあとは、財布に重ねて置かれていたメモ帳、時計、タイピン、すべてもとどおりに再現しました。


罪悪がなかったわけではありません。
むしろ、私の「超えてはいけないライン」で言えば、この「ライン」は、人に危害を加えるとか、詐欺をするだとかの犯罪行為と同等でした。


でも、正当に、お金をくださいと、言えませんでした。どうしても、言えませんでした。


私は、「これは再分配だ」と脳に刷り込ませました。


持つ者から、持たざる者へ。
金持ちから貧乏人へ。


しょうがないのだと、どうしようもないのだと、私は私にそう思い込ませました。パチスロはもうやりませんからどうか許してください…と誓いながら。


手にした220円は音が鳴らないようティッシュで二重にくるみポケットに入れ、私は寝ました。