煩い
煩い
しかしこんなところで立ち止まるわけにはいきません。私には成し遂げなければならない構想があり、志半ばでそれを断念することなどできないのです。
「さて、続いてのニュースです。O県I市で、連続して空き巣被害が出ております」
女性アナウンサーがニュースを読み上げています。
空き巣。カネ。不在時。盗難。
母親はこの事件が報道されることを見越してこの番組をセットしたのだろうか? 母親は私が父親の財布からカネを取ったことに気づいているのだろうか? いや、絶対そんなはずはない……私の今朝の行為と関連性のある言葉がならべられているようで、やり場のない怒りを感じました。
「ここはねぇ、あまり鍵を掛ける習慣のない地域だと思うんですよ、一人暮らしをしている老人宅に限定して、犬の散歩や畑仕事に出る早朝を狙っています。それなりの土地勘があって、かなり計画されていたのではないかと思いますね、」専門家は指摘します。
「ちょっと味が薄いかな」母親は醤油を取りに台所にいきました。
母親が私の視界からいなくなるだけで安堵しましたが、このタイミングで電話が鳴っても状況はとくにかわりません。
何か策はないか、何か策はないか。
そうだ、電話線を切ればいいのではないか。私は電話台からコネクタまでピンと伸びた電話線を見てひらめきました。母親がどこかにいったタイミングで……
母親は惣菜に醤油を掛け、再び口に運んでいます。テレビはCMに切り替わりボリュームが少しだけおおきくなりました。
また、カツン、カツンと、箸と食器とがふれあう音がしました。
なにか会話をしなければいけない。もし母親がなにかしらの違和を感じていたとしたら、疑念はアメーバのように増殖していってしまう。沈黙を消さなければ……
しかし電話が気になって会話をする余裕がないのも事実です。私は不自然に思われないようにいつものペースで食事をしているつもりですが、いつものペースというのが思い出せません。食事を飲み込む音、噛む回数が不自然ではないかということすら気になってきました。食事はまったく味がしませんでした。
「3日前にはこの地域で不審火がありました」と男性のアナウンサーが答えました。
「ごちそうさまでした」
私は母親より早く食べ終わると、食器を台所まで運びました。しかし、いつものように、自室に逃げ込むことができません。電話が鳴ったらあくまで自然に、私が最初に取らなければならない。
名前だけを名乗りいきなり私を名指しするマシーンのような女は、どう考えても私の交友関係とするには不自然です。
テレビはクイズ番組に変わりました。芸人が回答にボケ、笑い声がしますが内容が頭にはいらないので何が楽しいのかさっぱりわかりません。電話機が気になります。コール音よりも、ボタンのバックライトが光るほうが先。すぐに反応しなければならない。
「あ、そういえば、」母親が唐突に言いました。
「洗濯物取り込んでなかった」
私は好機到来とニヤリとしました。