ギャンブル依存症患者が綴るノンフィクション。

自戒の念を込めつつ、15年間に渡る「ギャンブル依存症」の悲惨な経験を赤裸々に綴ります。こんなダメ人間にはならないで下さい。毎日更新しています。

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蝕み

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蝕み

「松永さんという方から電話だよ」


夕食どきに、電話が掛かってきました。

母親は私との繋がりが想像できない声だったのか、顔にハテナマークを浮かべていました。嫌な予感がしました。


「はい、森田ですが」


「森田様、◯◯の松永と申します」


無機質な女性オペレーターの声。
すぐ状況を察すると同時に、私の顔は一瞬にして青ざめました。『しまった、今日電話取れなかったからだ…』

 


「ご入金が確認できませんでしたが、いつご返済が可能でしょうか」


「は……あ、あの、はい、その件ですね、いま確認していますので」


(おいおいおいおいおいおい!!ちょっと待ってくれよ、なに自宅に掛けてきてんだよお前!!)


「確認ですか? 何を確認するのですか?」


「いや、あのすいません、その件はもう完了しましたので……」


「なにが完了したのですか? ご入金はしていただけたのでしょうか?」


(クソ!!わかりきってることを聞き返すんじゃねぇよ!人の気持ちをもてあそんでるのか!)


「はい、ええ、そうです、そうですね、本日確かにお支払いしました……」(ぼそぼそ喋っている)


私はすぐに電話を切りました。

右手に握られた受話器は大量の汗で濡れていました。喉が渇き、動悸がし、首筋からも大量の汗が出ています。

じゅうぶんにクローズしないまま電話を切ってしまった。入金もしていない。

恐らくまた掛かってくる。
カネは明日用意できるのに……


こわばった表情はすぐに消しました。

いつもは半分眠っている頭が自分でも驚くぐらい早く回転し、冷静に状況を把握します。

テレビの音量は私の通話声と同じくらいだった。注意して聞いていれば会話の一部は聞き取ることができたはず。確認。支払い。しかしクレジットカードも持ってないし延滞なんて無縁の世界に生きてきた母親は、そのフレーズだけで私がなんの電話をしていたのかわからないはず。あの女に一部の言葉から全体内容を察することはできるのだろうか?

電話機から食卓までの距離は途方もない距離に思えました。母親は黙々と食べていて、それが表情は見えません。

不注意だった。こういう事態を想定してテレビの音量をもっと上げておけばよかった。チャンネルもニュースではなく騒々しいバラエティ番組にしておけばよかった。私は意味のわからないところで後悔していました。なにくわぬ顔でテーブルに戻り、なにくわぬ顔で箸を持ちます。


『いまの電話を、適当にでも伝えたほうがいいだろうか、それとも用件を言うこと自体、逆に不自然に思われるだろうか…いつもの俺は電話したあとどうしていただろう…』


母親は特にこちらを気にしているそぶりはありません。カタンカタンと茶碗と箸とが触れる音が聞こえます。いつもは気にならないのに、私はそうとう動揺しているのでしょうか。


「あ、そういえばさぁ、この前兄貴が、バイクのパーツ買ったって」

「へぇ、また?」


沈黙に耐えられず、先日兄から聞いた、極めてどうでもいい情報を発しました。しかしそれから続く言葉が出てこず、2秒くらいで咄嗟に出た台詞は「7万円くらいしたらしいよ」でした。

何故かこの場で一番避けるべきカネに関する言葉が出てきてしまった。


「お兄ちゃんお金持ちねぇ」

「すごいよね、俺はいまだにその感覚がよくわからないなあ」


母親の箸はナスの浅漬けに伸びました。ナスの皮は昆虫の羽のように艶やかな光をまとっていました。ナスは二本の棒に挟まれ、挟まれたところからは透明な汁がにじんでいます。

表情を見たい。母親の表情を見たい。不自然に母親と目を合わせることができないので、テレビを見る振りをして、顔の角度をかえる瞬間に顔を盗み見ます。


「まあでも、お父さんも結構凝り性だし、危ないような改造じゃなければ別にいいと思うけどね、私も全然理解できないけど」


一瞬の隙をついてみえた顔はいつもの顔でした。大丈夫だ、おそらくそんなに違和を抱いていない。そうだ、やはりそうだ、借金やクレジットの知識がなければさきほどの電話のやりとりだけで私の状況をそうそう連想することはできないはずだ……

しかし安心はできませんでした。カード会社が電話をかけなおしてくる可能性が高いこと、それと、もっとおおきな懸念は、さきほどの電話に関する説明を(適当な嘘をついて)母親にしなかったということは、これから電話がかかってきたとき電話内容を説明すると、弁解みたいでかえって不自然に思われるのではないか、ということでした。


母親も母親で、違和を敏感に感じとってはいるものの、その違和に気づくのが怖くて平静を装っているだけかもしれません。

もっと注意深く表情に変化がないかを把握しなければならないし、私を見る目線はおろか、指の動きひとつとっても、しっかり監視しなければならないと思いました。