破綻へのカウントダウン。
破綻へのカウントダウン。
『いやいや嘘だろ……』
明細が信じられなくて、見ては一呼吸して、また見ては一呼吸していました。記憶を辿りながら、6回ぐらい見直しました。
こんな使ってない。使ってない。
いや、やっぱり使ってる…。
窓の隙間から突き刺すような陽光が射し込んでいましたが、私は暑さとは別の汗をかいていました。ベッドに座り、しばらく動けなくなりました。
『ちょっと待て、ちょっと待て、落ち着け、落ち着けよ、大丈夫か、これ、返せるのか? 間違いなく延滞はするだろうけど、いままでみたいに一週間とかのレベルじゃなくなるぞ? 何割かは親を頼るにしても、この額はあまりに不自然だ』
視界の先には受験勉強の時期からずっと使い続けていた木目の学習机が見えましたが、背景と物体の境界線が次第に曖昧になり、自分がいまどこにいて、なにを見ているのかもよくわからなくなりました。
『まさか……バレる?』
一気に汗が噴き出してきました。
『それとも、返済不能でブラックリストに? そうなったら俺はどうなるんだ? 将来に渡って就職とかできなくなるんじゃないのか? いや、ダメだ、どっちもダメだ、絶対ダメだ』
頬に汗がつたい、首筋まで這いました。
『嫌だ、怖い、怖いよ、どうしよう、誰か助けて、嫌だ嫌だ、怖いよ、神様、いままでこんなことをしてすいませんでした、過去のことは謝ります、本当にすいませんでした、どうか私を助けてください、もうパチスロやりませんから、頼みます、お願いします、助けてください、もう死んだあとは地獄に落としてくれてもいいですから、なんでもしますから、どうか助けてください……』
気が狂ったのか、気付いたら私は布団のなかで何かに向かって土下座をしていました。震えて、ちいさく縮こまっていました。1ヶ月前に戻りたい。いや、1年前に戻りたい。もっと前に戻りたい。これは夢だよね、嫌だ、嘘だ、時計が戻って欲しい……。
とっくに成人は過ぎたはずなのに、追い込まれた私の姿は小学生のようで、なんとも情けなく、惨めでした。
「親父に勘当された」
吉川さんの言葉がみたびフラッシュバックします。いままで嘘で塗り固めてきた強固な外壁が崩れ、なにもない私が白日のもとに晒け出される……。
『お前には期待してたのに……がっかりしたよ。もう知らん。好きにしろ。』
『ねぇ、どうしていままで相談してくれなかったの? それが一番残念でならないよ』
『へぇ、マジでクズじゃん、そういうひとって本当にいるんだ。』
『はぁ? いままで約束をキャンセルした理由、全部嘘だったの? いやいや、ちょっと待ってくれよ、みんなあのとき本当に心配してたんだぞ?』
いままで自分と仲良くしてきたひとが、私を罵り、見限る声が聞こえてきました。
学習机の木目が浮き出てくるように見えたり、ひとの顔に見えたりしました。
カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ。
カネが手に入ればすべてが解決できる。
そうだ、カネだ。カネが欲しい。
せめて30,000円でも。
親にさえバレなければ、俺はなんとか再生できるのではないか?
誰かにカネを借りれないか?
この際、恥はすてて、誰でもいい。
誰かに……
該当者を探しましたが、友達が1人もいないことに気が付きました。「頼る友達」どころか、友達自体1人もいない……
ならバイトか? しかし猶予は10日間くらいしかない。ダメだ、そんな大金を稼げるわけがない。もっと他の手段が……
《記事》
『ギャンブルなどで借金三百万円。単身の高齢者宅を中心に空き巣を繰り返した事件で、県警に住宅侵入容疑で逮捕された男が、「ギャンブルで多額の借金を抱えていた」と供述していたことが、捜査関係者への取材で、わかった』
以前、見た記事を思い出しました。
いや、俺はなにを考えてるんだ! ダメだ、本当に気がおかしくなってる、どうかしてるぞ、ちょっと待て、たかがカネじゃないか、たかがカネ、別に俺は死ぬわけじゃないんだから、冷静に考えろ、冷静に……。
膝が震え、明細を握る手に力がはいらなくなってきました。
このとき、犯罪者が何故犯罪を犯すのか、少しだけわかった気がしました。…ですが、ごく平凡な大学生が、犯罪者と感情がリンクしたことに何の意味があるというのでしょう?
パニックになっている間にも、1秒、1秒、確実に時間は進んでいきます。
とりあえず、稼ごう、バイトしよう。返済までの期間、全部バイトにはいることができれば、いいバイトにありつくことができれば5万円くらいは稼げるかもしれない。やるぞ、前向きに考えるんだ、諦めてはダメだ。
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3日後、私は早速「神様との誓い」を破りました。(恐らく通算300回目くらい)
『3日間で一万五千円って…こんなチマチマ稼いでたら返済まで間に合わない、もうダメだ、パチスロで増やすしかない、だってそうじゃないか、ふつうに稼いでいたらカネを用意するのが絶対に無理なんだから、しょうがない、あのときのように、奇跡は起きるはずだから……』
-30,000円