なぜギャンブル依存を隠すのか?
なぜギャンブル依存を隠すのか?
結露に覆われたグラスの一点を見つめて話す吉川さんは口だけ笑っていました。割り箸の袋をちぎり、ボール状になるまで駒結びを繰り返しています。
「まあ俺も、なんのために大学行ってたのかよくわからなかったし、大学を辞めたことはそんなにショックじゃなかったけど」
「やめて、必死でバイトして、とか」
「まあ、必死でってこともないけど、借りた金は返さないといけないからねぇ」
箸の袋は小指の先ほどにちいさくなり、端が破れました。吉川さんは破れた紙を丸め、テーブルのうえに置きます。
「いろいろ掛け持ちして、ちょっとづつ返していったよ」
「そうですか……」
「森田君は、就職決まったんでしょ、いいなぁ、就職」
「ははは、まあ、そうすね」
「俺もいつまでもバイトじゃダメだからなあ、早くちゃんと仕事に就かないと。森田君、いい仕事、期待してるよ、なんて」
「ははは。ははは。ははは……」
どう頑張っても乾いた笑いしか出ず、吐き気がしてきました。あ、すいません、もうこんな時間、いろいろ聞いてしまってすいませんでしたと謝り、会計を済ませ、「また遊びましょう」と言って別れました。
『俺もああなるんだろうか…』
呼吸が荒くなってきました。誰にも見られたくないと思い、電車に乗りたくなくなり、3駅先まで歩いて帰ることにしました。
以前も歩いたことのある道。高架下には相変わらずホームレスがいて、段ボールハウスからは浅黒い二本の足がはみでていました。
ただ、絶望とともに、この後に及んでまだ私は自分の「特別さ」を信じていました。『吉川さんみたいな、いままで何にも努力してきてなさそうで、金もなく、いい歳してゲームセンターに入り浸っているような人間が、どうでもいい大学を中退するのとはわけが違うんだ。俺は周りとは違う、俺は周りとは違う……』
**
人肌よりも暖かい風が吹いていました。一歩進むたびに、吉川さんやカケガワ君の色白い顔がよみがえってきます。
週に何度も真昼間からゲームセンターに入り浸る彼らは、世間一般で見れば「異質な」存在にうつるのでしょうか。
ひとによっては、怖いと感じたり、不健康で気持ち悪いと感じるのかも知れません。
しかし彼らは、真剣に、ときに笑いながら、画面の先にいる相手に対峙し、コミュニケーションを取りながら、相手よりもっと上手くなるにはどうすればいいのかを考え、教えあっていました。
そこにある関係が薄っぺらいのか、濃いのかは私にはわかりません。対戦格闘ゲームをとおして、ひとはなにか人生で重要なチカラや教訓を得られるのかとか、そういうことも私にはわかりません。
地元でゲームを極めたところで、それが誰かから評価されるかと言えば、恐らくはそんなこともないのでしょう。
しかし重要なのは、彼らは、それらをつうじてひととのコミュニケーションをしている、ということでした。
パチスロだって同じように、今日は勝っただの負けただの、この機種の解析はどうのとか、誰かとコミュニケーションを取るための手段になるはずなのです。パチスロをすることが恥ずかしいと思うかどうかなんて、恐らく単なる個人の価値観に過ぎないはずなのです。
『なんで俺は吉川さんにまでパチスロしてることを隠してるんだ? なんで俺は吉川さんにまで嘘をついてるんだ?』
自分で自分がよくわからなくなりました。
いままでに会ったひとのなかでも、一番あとくされなく、一番いいやすいタイプのひとだったかも知れないのに。はじめて、カミングアウトできたかもしれないのに。
吉川さんは私の趣味、家族、過去、学歴、そんなことに興味はなさそうでした。
そんなひとに、私は自身をよく見せようとする意味はあったのでしょうか。
吉川さんはまだ現実から逃げ続けているのかも知れません。しかし、しっかりとひとに自身の痛い話をするだけ、私より余程まともに思えました。